ANA国内線【PR】

ぶるーすはとおく。

  ブルースの歴史を辿りたいのだが、
  論文があって休憩中。

  ただ、このブルース探索は僕にとって多大なる影響をもらった。
  それは、オリジナリティの不在、著作権や所有の問題、
  植民地の問題、西洋主義への疑惑と、
  てんこもりの問題群がぞろぞろ現われた。

  そんな中でも今の自分にとって最も大きかったのは、
  オリジナリティなるものがさほど重要でないことである。
  つまりは、突如新しいものは生まれないということ。
  無から有は決して現われない。
  絶え間ない系譜の中に自分もいること、
  それでとりあえずはいい。

  自然は、私たちの意に反して、いや、意を全くもって知らずに、
  ただただ、そこにある。

  だが、そこにできるだけ一気に身を入れると、
  自ずと自分の血に混じる何かを感じる。
  それで十分であり、それが何かを語れたら、
  もうそれだけで達せられたと言っても過言ではない。

  私は、確かにたった一つのものであるのだけれども、
  その私は私の感覚や知覚、知性や理性ではとうていおよばない何ものかで、
  できている。

  その系譜をどう辿るか、どういう視点で見ていくのか、
  それが重要なポイントとなって現われるはずだ。


  今の僕にはそういった思いが遠くからやって来る。

# by hey-yo-happyidiot | 2011-09-22 02:57

目のある金縛り。

  突如現われて、私の身体を固まらせ、
  じっと私を見つめている何者かは、
  一体どういうつもりなのだろう。
  私はそいつの顔を見ることもできないし、
  声さえも私の耳には届いてこない。
  しかし、だからといって、私はそれを無視することができない。
  否応なしに私に迫る。
  何の要求もなく。
  しばらくじっとしているとその締め付けはゆるくなってゆくのだが、
  私にはそれが何者かいっこうにわからない。
  放っておくことも可能だが、
  どうにかこうにか食らいつきたいと、
  もがいてみる。
  目を開けた金縛りといったとこか。
  しかし、私はそれの気配と息吹を感じている。
  私の声は閉ざされ、目は空を舞う。
  皮膚の穴からでる汗さえ途絶える。
  私はそれを知りたい、というよりも、
  それと向き合わなければ、私は私であることを失いそうな気もする。
  ある瞬間、それは現われる。
  私は何者かと対話しているようにも思う。
  わからない、わからない。
  聞こえない、聞こえない。
  静まり返る私の感情は記録としてそれが持ってゆく。
  どこへ?
  私の知っているはずの場所なのだが、まだわからない。
  遠いのか近いのかさえわからない。
  まだ見ぬわけではないはずのそれが一体何者なのか。
  これは私にとって生涯の問いであるが、
  それはまた馬鹿げた問いでもある。
  執拗に私の身体を締め付けるそれは、私への問いだろうか。
  その問いの中味は私で開かなければならないのだろう

# by hey-yo-happyidiot | 2011-08-28 00:37

忘れちゃいけない想いを一つ。

  ある女性を愛したなら、
  あとはしっかりと抱いていなくちゃいけない。
  簡単に離してしまったら、
  二人の関係が崩れてしまうだけではない。
  自分自身が破損して崩壊してしまう。
  ある意味、否定的な捉え方ではあるが、
  それだけ、ただの他者である彼女という存在は
  私の精神の中に浸透しているのだ。
  そのことにようやく気づいた。

  愛情はただただ体を重ね合うだけではないのは当然で、
  それよりも、何気ない会話や仕草の中に溶け込んだ
  彼女の存在に気づくこと、
  それが最も大きな愛情ではないだろうか。
  それはもはや取り返しのきかないもので、
  もう彼女が私にとって必要不可欠な存在であることを示している以上のものはない。
  
  微細なところに入り込んだ他者のニオイは決して拭い去ることができない。

# by hey-yo-happyidiot | 2011-06-29 02:43

ああ、なつかしきかな。

  いっさいはむなしくすぎゆくのみ、
  ということにしよう。
  自分の中で。
  一つ終わって、また何かが終わる。
  はじまりなんて期待もしていないときに勝手にやってくるものだから。

  とおくに行ってしまったんだろうね、
  って、ようやくになってわかったときは、
  ときすでにおそしか・・・。

  でも、だからこそ、
  目一杯好きなことをやってやろうじゃないか。
  たとえ、悲哀な感情ばかりでも。

  哀しくもなく、寂しくもない、ほうっとしているのも事実。
  常に向いている方角は確かな何か。
  それを教えてくれるのは何なのかは謎。

  とにかく、今はロネッツのbe my babyを聞くしかないさ。

# by hey-yo-happyidiot | 2011-06-28 02:43

電車とさようなら。

  三週間、熊本で過ごし、
  僕は何らかの決心をしたように思うんだけど、
  どこかまだ悩んでいるようでもあって、
  ただ、それは見かけにしか過ぎないなのではないかという思いもある。

  何が決まったのかそれはわからないか・・・。

  ただ、電車に向かって手を振る小さな子供の心境がやっと分かった。
  電車はどこかに向かうものではなく、
  またどこかにたどり着くものでもなく、
  ただただ、その場から過ぎ去りゆくものだということ。
  それが今になってようやく分かった。

# by hey-yo-happyidiot | 2011-06-14 02:07

< 前のページ 次のページ >