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繰り返す・・・それから掴んだもの

  同じことを繰り返す・・・
  それは、終わりのない螺旋階段を上っているようで、
  めまいがし体がフラフラして、
  自分がどこにいるのか、何をしているのか分からなくなる。

  そこに不安がある時はまだまだといった感じなのだろう。
  不安さえもなくなっていった時、
  初めて実感できるものがあるんだと思う。

  大概、同じことからの逸脱を起こしたくなる。
  そして、それを実行する。
  でも、それはまた同じことを繰り返すただの序章なのかもしれない。

  バートルビーの「できればせずにすめばよいのですが」の反復のように、
  繰り返せば繰り返すほど、新たな意味、解釈を生むもの・・・
  これが本当の反復だ。

  カントがいつも規則正しい生活をしていながら、
  アプリオリといった考えが浮かんだのか、
  これでよく分かるのではないかと思う。

  そういった反復たちには、
  不安を乗り越えていく。
  否定するものが失われていくんだ。
  もはや目の前のものに対して
  「やるしかない」
  という肯定のみが存在することになる。

  こういった人間の顔が一番狂おしいが美しいはずだ・・・
  バスター・キートンの顔やジョルジュ・ドンの顔が
  それを表しているのではないだろうか。

  やりたければやればいいのではなくて、
  有無を言わずにやるしかないのだ。
  これは絶望ではない。
  これは、本当の反復をした人間のみが手に入れることができる悦楽だ。

  だが、それを見て人々は苦しみを感じる。
  見ているものに苦しみは必要以上にやってくる。
  もちろん、本当に理不尽な苦しみ、苦痛もある。

  そして、大事なことは本人自身の気持ち次第ではない。
  それは、自ずと反射的に、無意識的に行ってしまうものなのだ。
  欲望以前の問題、論理以前の問題・・・
  だから、人は理解に苦しむ。

  そこにはもう因果はない。
  いや、もともとないのだから!

  「やるしかない」というより、
  「もうすでにやっている」のである。

  それは努力や根性、または執着でも固執でもない。
  頑張れとは言わない。
  そんなことを言わずともやっているのだから。
  かといって耐えなさいとも言いたくはない。

  何も言わなくていい。
  言う必要もない。
  
  報われる報われない以前に、
  それ以上のものを手にしているのだから・・・
  生き急いだ人間には一生分からなかったものを。

by hey-yo-happyidiot | 2008-03-15 04:57

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